筆者も還暦を過ぎた。お付き合いいただいた何人かが、年々鬼籍に入られる。むろん年長の方が多い。年長の方とお付き合いすることの多い仕事だったから、なおさらその思いが強いのかもしれない。テレビで活躍していた人たちだってそうだ。いつか見なくなったと思ったら、亡くなられたという。
長寿時代といわれながらも、高齢者も亡くなるし、若い人だって亡くなる。大学時代の親しい友人で50歳を前に亡くなった男が2人いる。彼らのことを、ふとした瞬間に思い出しては、やるせなくなることがある。
また、会社を退職して間なしに大病にかかり4〜5年の闘病を経て亡くなられた俳人もいた。氏は40歳前後から飲み仲間として筆者をよく誘ってくれたものだ。飲みながらも、話は俳句のことがほとんどだった。
結社を立ち上げて10年、退職していよいよ専門俳人としての歩みを始めようとした矢先の病いは、まことに酷なことであった。
人の死は絶対的なものだ。そういう絶対的なものからくる喪失感は大きい。
歳末になると、こんな思いが特に強い。あの人も亡くなったか。この人も亡くなったか。そんな思いは、例えるなら、まるで時の川を航く船から、人がひとり、またひとりと落ちこぼれていくようなものだという。
侘しいことではあるけれど、よくわかる句である。いずれはたれもがその中の一人となる。