小島てつを「人生が見えるから俳句は面白い」ブログ版

最近、最新の優れた俳句とその作者を紹介し、俳句の幅の広さ、その奥深さを堪能していただけましたらありがたいです。これをきっかけに俳句を作る人がふえてくれたら、最高です。

2019年07月

令和元年となった今年の桜は、気候が穏やかだったから、花季が長かった。
作者は吉野に行かれたようだ。吉野は花の名所。大勢の人が来るであろうから、当然バスも大きな駐車場を日に何便も出入りを繰り返しているのではないか。花ビラは「花クズ」となって、クルマに巻き上げられることになる。
この句の眼目は、花クズの方ではなく、花クズを巻き上げて走り去っていくバスの動きの方なのである。バスが走り去ったあとも、花クズは汚れて残っている。
観桜好きの日本人だが、なんとなく寂しい光景ではある。
太陽2019.8

たしかに毒と苺の字は似ている。おそらく新聞か何かを見ていて、初めは苺として捉えて読んでいたのであろう。いや、おかしいと思って見直すと、それは毒という文字だったということに気づいた。そそっかしいといえばそれまでだが、あまりにもかけ離れた意味をもつ文字が、形象が案外似ているという発見がこの句から感じ取られる。
筆者は少年時代、ヘビイチゴには毒があるといわれたことがある。そんなことも思い出した。かびれ 2019.8

森潮さんは、 森澄雄さんの息子さん。息子さんといっても、「蚯蚓鳴く古稀の齢となりにけり」という句があるから、そういう年齢であることがわかる。けっして若くはない。
とはいえ、子にとって親はいつまでたっても身近な存在のままだ。亡くなられていればなおさら身近にあるものといえよう。
森さんの母上(白鳥夫人)の死は、たしか
急であったと記憶している。覚悟のできていない状況での突然の離別というものは、なんともやりきれないものがある。
しかし死という事実はうけいれなければならない。
未完の別離は思い出尽きないのである。
杉 2019.8

作者は福岡の人。海は近いが、この句の船頭が漕いでいるのは、運河のようなところであろう。水に挿す棹に枝垂藤が触ったというのであるから。船頭が漕ぐ船というから、遊覧船のような大きな船ではないことはいうまでもない。藤棚の下を進む舟、水棹が触れて行くばかりの藤の花の見事さ。リリシズムの香りたかい一句。青嶺2019.7

青柳志解樹さんの「山暦」が休刊になり、その後継誌としてスタートしたのが、「暦日」だ。主宰は中村姫路さんだが、「山暦」時代のメンバーが多勢参加されているから、守られているような安心感があるであろう。中村さんは論客でもある。掲句は、写生句ながら、薔薇への愛情が一種独特のロマンチシズムを生んでいて、若々しい。姫路さんの今後の活躍を祈念。暦日2019.7・8

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