小島てつを「人生が見えるから俳句は面白い」ブログ版

最近、最新の優れた俳句とその作者を紹介し、俳句の幅の広さ、その奥深さを堪能していただけましたらありがたいです。これをきっかけに俳句を作る人がふえてくれたら、最高です。

アーカイブ:2019年06月

さかしまに花落ちてゐる梅雨湿り    井上康明

俳句で花といえば桜のことをいうというが、この句の花は「梅雨湿り」という季語から梅雨どきに咲く花ということになる。花はどんな花でも良い。逆さまに落ちていることの悲しみを言いたかったのである。ここ数年、ひでり梅雨が多かったようにおもうが、今年の梅雨は梅雨らし

牡丹から牡丹へ虻(あぶ)もてふてふも    あらきみほ

牡丹は大輪であり赤や黄色、白など色彩的にも華やかそうに見える花だが、花肉は薄く、なんとなく淡い花という印象もある。花壇などでも牡丹の花はたくさん咲いていることが多いから、この句、花から花へというわけである。虻もそうだし、「てふてふ」(蝶々)もそうだ、という

百日紅生きるが為に死を思ふ     荒井千佐代

「死を思え」、確か「メメント・モリ」というのだとずいぶん前に藤原新也のエッセイで知った。生まれ変わりというのは、夢物語としては、大変面白い。人間は誰も(一部の例外をのぞいては)あの世から生還した人はいないから、死は自我の消滅ということになっている。それにた

ゆく春や池濁りたる浄瑠璃寺     田中春生

凍てついた冬の水は鏡のように透き通っていた。しかし季節が徐々に冬から春へと移り始めるなかで、暖かさを増すとともに池の中でもいろいろないのちの営みが徐々に始まり、何となく慌ただしくなって水も濁って感じられてくる。ここまでは、自然のこと。この句の面白さは、こ

涅槃図の隅に吾子(あこ)見る夜のとばり    たかはしさよこ

たかはしさんは、子がまだ小さいときに亡くされている。30年以上前のことと記憶する。その子の姿を涅槃図の中に見出したというのである。見出したことで、母としては安堵のような心が感じられたことであろう。「涅槃図の隅」と、いささか遠慮がちにいうが、隅っこであっても

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