句集「雪降る音」。その帯文で、高橋睦郎さんは「目の欲望の過剰がみじんもなく、寡欲から生まれる豊饒は潔い」と書いているが、言葉を超えた光と影の織りなす叙情性あふれる句に魅力があるように思った。作者は1958年生まれ。現在、山崎ひさを主宰「青山」同人。

眼の奥の冬草もつとも暗くあり

目の奥というから、現実を陰画で見ているような幻想的な風景が描かれる。その最も暗いところに冬草がそよいでいるのが見えるのだろう。

秋分のおほきな木蔭ありにけり
この句、木蔭が暗喩的。秋分の頃は、徐々に冬の脚おとが聞こえてくるころだ。
ブラックホールのような存在感のある木蔭が意味するものは何だろう。

どんど火の闇華やかに海の音

目の前のどんど焼の炎は夜の闇の中に燃えさかる。その華やかさ。華やかなゆらめきだが、そこに海の音が重なっているという。闇華やかという言い方によって、炎の色はあまり強くは感じられない。

陽光を浴びて地獄の釜の蓋

この句の陽光もあまり強い日差しではない。地獄は寓意的だ。

雪のひかりにひとつづつ扉を閉めて

ここで言う「雪のひかり」は、まばゆいひかりを表しているものの、ひかりそのものは、しんとしたしずかな色あいを帯びている。ここには作者の冷めた眼差しが感じられる。

以下の句は作者自身、母との別れを詠んだものと思う。

雪降る音母を隠してしまひけり
黒揚羽ははなき吾を過ぎてゆく

このように作者は光と影の構図を好んで作る句が多いものの、影の部分の方が強いために、俳句の世界は光を描きつつも、まるでムンクの絵を見るようなモノクロームの世界が広がっている。ムンクの絵画は、日本でいうならば、中世に多く描かれた水墨画の世界だ。
この句集は、平成30年までの10年間の作品を収めているが、この時期ご両親との別れがあったという。そういう場に立っても、作者の詩情は寡欲であり続けている。寡欲の裏には、表には出さないものの、まことに強靭な美学が存在していると感じた。

秋風はかつと差す日の中にあり

強烈なインパクトがあるものの、水墨画的な静かな句である。
世界も日本も、経済から文化に至るまでいま大きな曲がり角にあるように思う。その要因はインターネットの普及にある。
いまはまさに小川国夫言う「静かな熱狂」の時代を感じさせる。
本書はそういう時代らしい句集だと思った。

句集「雪降る音」2019.9