皺の数が百なのか二百なのかはどうでも良い。それほどたくさんの皺が動いたというのだ。皺が動くほどの感情の変化は喜怒哀楽の時ぐらいだ。この句の季語は「あたたかし」、春が来て、ようやく冬の寒さから開放された「あたたか」さを実感したときにいう。が、この句の場合は、単なる温度としてのそれではなく、老人の皺が動いた、それは笑顔のためであり、その笑顔は、見ているだけでもこちらのこころもあたたまるよ、というふうに暗示させる「あたたか」さがあるのである。
木下さんの師匠、上原白水さんに、

    無位無冠無職無収のちやんちやんこ

というのがある。(白水遺句より)
ちゃんちゃんこをはおって、あー、私には何にもないんだな、と呟く著者。このひらきなおりは強いと思う。


泉2019.6